1 研究の概要
本研究は、シリコン(Si)とマグネシウム(Mg)を合金化したMg2Siを前駆体とし、熱処理および選択的エッチングを経てナノポーラスSi(NP-Si)を合成し、その構造特性および電池材料としての有用性を評価することを目的とするものである。本研究では、まずMg2Siを合成し、大気中でのアニーリング処理によりMgを酸化・相分離させた後、HCl水溶液を用いた化学的エッチングによりMgOを除去し、ナノポーラスSiを得た。得られたNP-Siの構造は、SEM、XRD、EDX、TEMなどを用いて詳細に評価され、その多孔構造の形成およびMg除去の過程が明らかとなった。
2 研究の目的と背景
Siは理論容量約4200 mAh g−1と、従来のグラファイト負極材料(約370 mAh g−1)を大きく上回る高容量を有することから、次世代リチウムイオン電池(LIB)負極材料として注目されている。しかしながら、充放電サイクルに伴う約300%に及ぶ体積膨張とそれに起因する粒子の粉砕、集電体からの剥離、電極内の導電ネットワークの破壊といった問題により、著しい容量低下および寿命劣化が発生し、実用化には依然として大きな障壁が存在する。これらの課題に対して、ナノ構造制御による応力緩和と構造安定化が有効であることが多くの研究で示唆されており、特にNP-Siは、高比表面積を有しつつ、体積膨張を内部に吸収できる構造として有望視されている。一方で、NP-Siの合成には複雑なプロセスや高コストのテンプレート材料が必要とされる場合が多く、簡便かつスケーラブルな製造手法の確立が喫緊の課題となっている。本研究の目的は、MgとSiの合金であるMg2Siを前駆体とし、大気中アニーリングおよび酸による選択的エッチングを用いた簡便かつ低コストなプロセスにより、ナノポーラスSiを合成する方法を確立することである。さらに、合成されたNP-Siの形態、結晶構造、組成を詳細に評価し、リチウムイオン電池への応用に向けた電気化学特性を明らかにすることを通じて、本材料が次世代エネルギーデバイスに資する有望な構成要素となる可能性を実証する。本研究は、ナノ構造設計と機能性の両立を実現しうる新規Si材料の創製を目指すものであり、蓄電デバイスの高性能化と環境調和型社会の実現に貢献することを目的とする。
3 研究内容
(1)NP-Siの大きさ、形状制御に関する研究
本研究では、ナノポーラスSi(NP-Si)を簡便かつ安価なプロセスで作製することを目的とし、MgとSiを合金化して得られるMg2Siを前駆体とした合成手法を構築した。まず、合成したMg2Siパウダーをアルミナ製の乳鉢により微粉砕し、大気中で600 ℃、20時間のアニーリング処理を施した。この熱処理により、Mgが酸化されてMgOとSiへと相分離し、後続のエッチングに適した構造が形成された。続いて、得られた試料を1 M塩酸(HCl)水溶液により選択的にエッチングすることで、MgOを除去しナノポーラスSiを得た。構造評価としてSEM観察を行い、市販Si粉末と比較したところ、NP-Siでは数十〜数百nmの細孔が均一に分布する典型的なナノポーラス構造が形成されていることが確認された(図1)。加熱処理による粒子の微細化およびMgの酸化とSiの分離、さらにエッチングによるMg成分の選択的除去が、NP-Si形成において重要な役割を果たしていることが明らかとなった。以上より、合金化・加熱・エッチングという一連の工程により、Siに対して安定かつ制御性の高いナノポーラス構造を導入することが可能であることが実証された。本手法は、エネルギーデバイスをはじめとするナノ構造Si材料の応用に対して有望な合成技術であると考えられる。
(2)NP-Siの特性評価とそのカーボン電極とそのLiイオン電池応用
本研究では、合成したMg2Siおよびそれに熱処理・エッチング処理を施した試料に対して、EDXおよびXRDによる構造・組成評価を行い、ナノポーラスSi(NP-Si)の形成過程を検証した。EDXスペクトルにより、アニーリングに伴うMgの酸化とMgO生成、ならびにエッチングによるMgの選択的除去とSiの残存が確認された。マッピング分析では、エッチング後の試料においてMgの空間分布が大きく減少し、Siが均一に分布していることが示された。さらに、XRD測定では、合成直後のMg2Siには明瞭な回折ピークが観察されたが、アニーリング後にはMgOおよびSiのピークが現れ、最終的にNP-SiではSiピークのみが検出された。これらの結果は、Mg2SiからNP-Siへの構造変化およびMg成分の高効率除去を定性的・定量的に裏付けるものであり、熱処理とエッチングを組み合わせた本手法の有効性を示している。
図1 各種Si粉末のSEM写真
*本研究はJKAの助成を受けて遂行しました。